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宗像神社(むなかたじんじゃ)は、京都府京都市上京区、京都御苑内にある神社である。国史見在社で、旧社格は府社。 == 祭神 == 宗像三女神(多紀理比売命、多岐都比売命、市寸島比売命を主祭神に、倉稲魂神と天岩戸開神の2柱を配祀する。 主祭神は『日本三代実録』に、筑前国の宗像神社(現宗像大社)と鎮座地を異にするが「同神」であると記されたり〔貞観元年2月30日条。〕、「同神別社」であると記されている〔元慶4年(880)3月27日条。〕。配祀神の天岩戸開神も国史見在社(天石戸開神)を合祀したもので、『花山院家記』(『山城名勝志』所引)には合祀前の状況を「天石戸開神。大石也。霊有り」と伝えており、また倉稲魂神は藤原時平によって合祀されたと伝える。 現在、御苑内の西南(裏鬼門)にあたる位置に鎮座するため、方除けの信仰を集めている。 == 由緒 == 社伝によれば、延暦14年(795年)、藤原冬嗣が桓武天皇の勅命を蒙り、皇居鎮護の神として筑前宗像神を勧請し、自邸である東京第(東京一条第ともいう)の西南隅に祀ったものと伝えるが〔平安京の東西市の守護神として勧請したとの説もある。類似の縁起として、下京区の市比売神社の縁起(金光寺縁起)にも「東市屋市姫大明神三座、延暦十四年五月七日、贈相国冬嗣公宗像大神を東西市に祭り、守護神となす、因りて市姫と号し、九月七日に祭る(原漢文)」とある。〕、当神社の鎮座由来を記す最古のものとしては『土右記』が挙げられる。東京第は冬嗣の没後、東の花山院と西の小一条第に分けられたが、同書には当時の小一条第第主師成の語った以下の話を載せている〔延久元年(1069)5月18日条。〕。 :小一条第は藤原内麻呂が息子の冬嗣に買い与えた邸宅であるが、その理由は、冬嗣がまだ内舎人であった頃、参内の途中で虚空から宗像大神が呼びかけ、父に頼んで小一条第を買ってもらい、そこに居住して傍らに宗像大神を祀れば、子々孫々にわたって守護しようとの神託があったためである。 また、邸内の東北隅には天石戸開神も祀られていたようであるが、その由緒は不明である。 東京第は嘉祥3年(850年)に清和天皇(生母は冬嗣の孫の明子)が誕生した場所で〔『三代実録』貞観6年(864)2月25日条。〕、その縁から同天皇の産神・産土神と崇められたようで、宗像3神には即位の翌年である貞観元年(859年)に正二位が授けられており(その後従一位に昇進)、同7年(865年)には同じく邸内社であった天石戸開神にも従三位が授けられ〔元慶元年(877)4月15日にも太政大臣(基経)の東一条第に坐す戌亥隅神に「告文」したことが見え(『三代実録』)、これも天石戸開神と思われるが定かではない。〕、同年4月17日には特に楯・桙・鞍を奉納するほどであったが〔この奉納は当社のほかに、石清水八幡宮と平野神社に行われただけであるが、その理由は記されていない。〕、『延喜式神名帳』には登載されずに終わった。その後、藤原時平の代に倉稲魂神を合祀し、更に天承元年(1131年)に藤原師実から子家忠が花山院(小一条第も花山天皇の皇居とされて以来「花山院」と呼ばれるようになっていた)を伝領して花山院家を開くと、天石戸開神をも合祀して同家の守護神とするようになり、建治元年(1275年)になって初めて官社に列したという。 応仁の大乱の兵災に罹り焼亡したが、その後再建され、周辺一帯の公家町化の過程で、花山院家が転宅した後も鎮座地を変えず、明治天皇の東京遷都によって御苑内鎮座となり、明治8年(1875年)に府社に列した。第二次大戦後は神社本庁に属している。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「宗像神社 (京都市)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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